ユーフォリアの猫たち

水峰愛のスピンオフ

「人生は続くのだから」と彼女は言った。

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いよいよ明日からは雨も上がりそう。

そう思っていた矢先、なんと通っているダンススクールがコロナ不況の煽りをうけて閉校するお知らせが届いた。

通っていた期間は3年ちょっとだったけれど、学生時代、部活に真剣に打ち込まなかった私が大人になってから見つけた部活動としていろんな思い出をくれた。

 

楽しいこともしんどいことも両方あって、個性豊かな仲間たちと情熱的な先生に恵まれて幸せでした私は、、、でもまだちょっと気持ちがおいつかず、しょんぼりしながら出かけたら、私の少し上を並走するように飛ぶトンボ。「前に進みなさい」ってことだね。

そう思うと同時に、「まだ人生は続くのだから」という言葉がどこからともなく降りてきた。

 

喪失のほろ苦さと悲しみのなかで、私はいつも「希望」を見つけてきた気がする。

愛に抱かれていると、ときどき自分がタイムリミットを持った人間であることを忘れそうになる。なにひとつ失われることのない無限の世界があることを覚えている魂は、時に足かせによって生きている意味を思い出す。

いつかは終わってゆくこと、変わってゆくこと、その度にともなう痛みによって、私たちはこの世の輪郭を知るのだということ。苦しみがあるから希望を味わえるのだということ。

明日も明後日もずっと続くと思っていることでも、ほんとうは続いてゆく保証なんて何一つないんだ。

だから人間として生きることを大切にしなくてはね。

そういうところにたどり着いたとき、競争とか、固定概念とか、気を抜くと固着してしまいそうなシステムのほとんどがどうでもよいことに気が付く。

もっとも原始的な「肉体」という枠組みを自覚するとき、じつは人はいちばん自由なのかもしれない。